一つ残るもの

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一つ残るもの

   どうして、あの一つの実だけ残っているの?  全部取ってしまわないの?  高い木の上に、一つだけある果実を指さして、千織(ちおり)は問いかけた。  青い空に映える、きれいな橙色(だいだいいろ)の木の実を見上げてから、優しい声で乳母が応えてくれる。  お坊ちゃま。  あれは、わざと残しているのですよ。  わざと?  そうです。「()(まも)り」と呼ぶのですが、昔からの風習です。  どうして一つだけ残して置くの?  無邪気な問いに、再び優しい声が答えを返してくれる。  来年もまた豊かな実りがあるように、全部を取らず一つ木のために置いておくのです。  全てを奪わずに、相手に譲る、昔のゆかしい風習なのですよ。  千織はまだ、納得がいかなかった。  一つだけ残して、意味があるの?  鳥がすぐに食べてしまうよ。  疑問を滲ませる言葉に乳母は小さく笑った。  食べられても良いのですよ、お坊ちゃま。  千織はびっくりして、腕に抱いてくれている乳母に、顔を向けた。  どうして?  来年のために残して置くのでしょう?  乳母は、再び小さく笑った。
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