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彼女は今までに見たことのない眩しい笑顔で両腕を広げ、その男を迎え入れようとしていた。
なんだ、やはり彼氏か。と、少し拍子抜けしながらも一応最後まで見届けようと僕は動かずにいる。
二人は内緒話が出来る程の距離まで近付くと少し静止して、そしてまた男だと思われる人物はそっと身を引いた。
何かを話したのだろうか? と思っていると、彼女がふっと消えてしまった。
そして彼女がその場にしゃがみ込んでしまったんだと気付くまで数秒。
人混みから悲鳴が上がるまで、更に数秒。
(何の悲鳴だ?)
女性の甲高い悲鳴が響き、駅前にいた人達の注目を一斉に集める。
その注目の先は、彼女がいたベンチの方だった。
「……え?」
まさか倒れでもしたのか? と考えていると、次には「きゅ、救急車!」という声があがる。
それだけで容易に想像がついた。
僕は駆け足に野次馬の中に潜り込み、人の間をすり抜けて前を目指す。
そして最前列まで抜けると共に、体が強張った。
そこにはやはり彼女が倒れ込んでいた。
まるで眠っているかのように、笑顔のままで。
腹部から血を流しながら。
「……きみは、“誰を”待っていたんだ?」
小さな僕の問いに、彼女は答えてくれなかった。
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