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朝。気がつくと私はベッドの中にいた。同僚の話では私は廊下に倒れていたらしい。しかしなぜかみな浮かない顔をしている。どうしたのだろう。素直にそう聞いてみると同僚の一人が答えた。
「大島さん、脳溢血で亡くなったんだって」
それを聞いた途端思考が停止した。少し経って再び聞いた。
「どこで?」
「自分のベッドの中でだってさ。苦しむ様子も無くぽっくりだったそうだよ」
「それがせめてもの救いだよな」
「でもあのおじさんトラブルメーカーだったけど、いなくなるとさびいわね」
私はしばらく俯いていた。
大島さんの遺体は引きとり手がなく、病院内で慎ましやかな葬儀が行われることになった。精神病棟のレクレーションは急遽「大島さんを送る会」に変更され皆が生前の大島さん懐かしんでいた。
私は葬儀の準備に追われていた。それがあの夜の出来事と大島さんの死の関係を考えずに済む口実になった。
日が落ちた。明日大島さんの遺体が焼かれてしまう。少し考えた後、先生に遺体に別れを告げたいと申し出た。先生は暖かい眼差しで
「そうだよな。結城さんは大島さんに本当に愛されてたもんな。行っといで」と言うと鍵を渡してくれた。
遺体安置所はひんやりとしていた。白装束に身を包んだ大島さんの遺体は部屋の真ん中の寝台の上に安置されていた。遺体の傍らに置かれた台にはお線香を立てた後の香炉が寂しげに佇んでいる。
私は用意した一輪のスイートポピーとあの黒曜石を並べて置いた。
顔を白い布切れで覆われた大島さんはなにを思っているのだろう。
大島さんにどんな言葉をかければ喜んでくれるだろう。
涙が頬を伝って流れた。私は心の中で話しかけた。
「勇敢なる我が騎士、大島よ。あなたは正真正銘の騎士でした。姫の名において命じます。どうか安らかに眠ってください」
家路を歩く道すがら、私は大島さんの笑顔を想った。
たぶん私がお姫様でいられる時間は、この後二度とやってくることはないのだろう。
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