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精神病棟の騎士
「おお!姫、今日もじつにお美しい。これでは男という男たちが姫を誘惑せんと蠅のようにまわりを飛び交ってくるでしょう。しかしご安心めされい。なんじをお守りする騎士としてそれを見過ごすわけにはまいりませぬ。拙者が命にかけて御身を……」
「はい、大島さん、席についてください。結城さん、毅然とね。おねがいするわよ」
「はい」
私が頼りない返事をすると、近藤さんは別の患者さんのところへ行ってしまった。
困った。今日は大島さんの相手をしなければならない。
「ささ、姫。どうぞこちらへ。諸君、君たちが高貴な精神の持ち主であると信じて。決して姫の御手をを煩わせることのなきよう」
「大島さん、いいんですよ。みなさんのお世話をするのが私の仕事なんですから」
「結城さんも大変だな~毎回毎回」
「結城さん、うれしい?」
「貴様ら!姫に向かって何たる無礼!許さんぞ」
ここはとある大病院の精神病棟。私はお姫様でもなんでもなく一介の作業療法士。見てのとおり大島さんという中年患者は自分のことを西洋の騎士だと勘違いして何年か経っています。
「あ~、いーやいーや。私が大島さん担当するから、結城さん別室の患者さんおねがい」
「あ、はい。すみません」
「姫、別室へお移りですか?」
「姫じゃありません。結城です。いいかげん覚えてください」
できる限り語調を強めて言った後、私は部屋を出た。
中年の精神疾患男性に大真面目にお姫様扱いされてもうれしくもなんともない。これがもとでトラブルになるのでげんなりだ。よりによってなぜ私がお姫様なのかも定かではない。看護師さんや先生も苦笑いして「なんでだろうね~」と首を捻るばかり。大島さんは決して悪い人ではないのだけれど、見てのとおりこれでは仕事にならない。万事が万事この調子だから、先生も看護師さんも私と大島さんが接触する機会を避けてくれる。それでも今日のように避けきれないときもある。
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