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その日のカンファレンスで、宮原の担当医師、芳賀がとうとうその提案をしたとき、桐野は最もな判断だ、と思った。 宮原渚は、外科的処置も内科的治療も難しい。 緩和ケアを得意とする病院への転院を提案したい、と。 もし彼が自分の患者だったなら、同じ判断を彼もしただろう。 できることが何もないなら、せめて、苦痛を少しでも減らしてあげたい。 だけど。 医師としての判断はそうだったけれども、感情がそれについてこない。 少しだけ怖い、と震えながら囁く彼の細い肩を、できるだけ長く自分の手で抱いていたい。 そう思ってしまう。 何か手はないのか、何か。 焦る気持ちだけが募るのに、何もできない。 宮原は、転院の提案を静かに受け入れた。 どうせなら、郷里のホスピスに移りたい。 そう、言ったそうだ。 彼の実家は長野の山間にあるそうで、そちらのほうが空気も綺麗できっと穏やかにそのときを迎えることができるから、と。 先に逝くという親不孝をするから、せめて母の側にできる限りいたい、と。 その選択が、彼にとってベストな選択だと思う。 彼の言いたいことは、本当によくわかる。 父を早くに亡くした、と言っていたから、その上自分が母を置いて逝かなければならないことは、彼にとってとても辛いことのはずだ。 だけど、それでは。 常に忙しい桐野は、そのひとに会いに行くことすらままならないだろう。 ここにいて欲しい。 自分の手の届くところに。 何もしてあげることはできないけれども、その微笑みを最期まで花のように綻ばせることならできるかもしれないから。 だけど。 喉まで出かける言葉は、いつも声にはならない。 それが自分のエゴでしかないことを、彼はよくわかっていたからだ。 だから、夕暮れの中庭で、日に日に細くなっていく白い手を握り、他愛もない会話を交わすだけしか、桐野にはできなかったのだ。
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