3.

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その日、桐野は、宮原が引き払う予定のアパートに、車で迎えに行った。 そのひとを少しも疲れさせたくなかったのだ。 「先生」 呼び鈴を押すと、すぐに宮原が出てきた。 退院して、二日。 病院の中に無意識にその姿を探しても見つからないことで胸に穴が空いてしまったようだった桐野は、一層細くなったようなそのひとの姿に、会えた嬉しさと命の期限がより迫ってきていることを目の当たりにしてしまった切なさの、両極な感情の間で激しく揺れ動いた。 毛布やクッションをたくさん置いた助手席に彼を座らせると、宮原は楽しそうに笑う。 「先生、俺を布の中に埋もれさせる気ですか?」 「いや、快適なドライブにしたいと思って……少し多すぎたかな?」 フフ、と忍び笑って、彼は首を横に振った。 「これ、とっても快適です」 病衣でない彼を見るのは、退院のときと二度めだ。 病が進行する前はジャストサイズだったであろう私服は、かなりダブついている。 それでも、病衣よりずっと、本来の彼の姿のはずだ。 その儚げな容姿によく似合う、シンプルでセンスのいい服装。 「どこに行こうか?」 桐野の予定も不安定だし、宮原の体調も日によって違うので、予めどこに行くかは決めていなかった。 宮原は、少し迷う素振りをした。 言うべきか、否か。 しかし、意を決したように、口を開く。 「本当は、普通にデートもしたいんです」 でも、と彼は、少しせつなそうに俯いた。 「たぶん、俺、すぐに疲れてしまうから…」 だから。 再び彼は、その先を言うのを逡巡する。 俯いたまま、少し震える小さな声で、桐野の度肝を抜くような言葉を紡いだ。 「ホテルに、連れて行ってくれませんか?」 俺の部屋でもいいんですけど、引越の準備で散らかっているから。 「……先生と、したいんです」 「宮原君」 思わず桐野は大きく唾を呑み込んだ。 「それ、どういう意味で受け取られるか、わかってて言ってるんだろうな?」 いつもは血色の悪いはずの白い頬に、桜の色がほんのり浮かび上がっているのが、俯いていても見て取れる。 だから、桐野がそうと受け取った意味で間違っていないはずだ。 「はっきり言わないとダメですか…?」 それとも、手を握るぐらいならいいけど、それ以上はやっぱり無理ですか? 消え入りそうな声だった。 その命の灯火よりも、もっと頼りないぐらいの。
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