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「俺、そういうこと、誰ともしたことがないんです」
でも。
「一度だけでいいから、そういうことするなら、どうしても先生としたい、から」
無理を言っているのは、わかっているんです。
先生は優しくてかっこよくて、みんな先生のこと大好きで、俺みたいな痩せこけた病人なんて相手にしなくても、すごいボインボインな美女とか選び放題だって。
もうすぐ死んでしまう俺に同情して優しくしてくれてるだけだって、わかってるんですけど。
宮原は、そんなふうに一気に捲し立てた。
意地でも顔を見せまいと決めているかのように、頑なに俯いている頬が、濡れている。
泣いているのだ。
桐野は堪らなくなった。
病院にいるときは、あんなに全てを諦めて、達観して、自分の運命を静かに受け入れているように見えたのに。
その宮原が、そんなに激しく捲し立てるほど、そして初めて涙を見せるほど、自分を欲しがってくれるなんて。
例えそれが、その提案をできる適当な相手が他にいなかったからだとしても。
「そんなに興奮しないでいいから…それじゃあ何もしないうちに疲れちゃうよ?」
ぽんぽんと頭を撫でて、優しいというよりは甘く響くような声音で、桐野は言った。
「全く君は…こっちはもうずっと、手を握るだけで必死に我慢していたのに」
俯いている顎を指で捕らえて、こちらを向かせる。
涙で濡れた瞳が、拒絶されることを恐れて不安そうに揺れていた。
その、濡れた目尻をペロリと舐める。
「どうなっても知らないよ?俺は物凄く悪い男だって、初めて逢ったときに警告したよね?」
そして、車のギアを入れた。
行き先はもう決まっていた。
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