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ついに、退院の日程が決まった日、宮原はいつものように中庭で桐野と並んで座りながら、少し緊張しているように見えた。
「どうした?…環境が変わるのが怖い?」
桐野は、今日は、その手ではなく、手と同じように細く薄い肩をそっと抱き寄せた。
このところ急激に疲れやすくなってきているそのひとの頭を、自分の肩にもたれさせる。
彼は、素直に体重を預けてきた。
その重みが頼りなさすぎることに、桐野は酷く切なくなる。
「怖いことはいろいろあるけど、でも、そうじゃなくて」
宮原は、躊躇いがちに言葉を紡いだ。
「先生に、ひとつだけお願いがあるんです」
「俺にできることなら、なんでもきくよ?」
桐野は優しく答えた。
生きたい、という、彼の一番の願いは叶えてあげることができない。
だから、せめて。
「退院したら、病院の外で会って貰えませんか?」
一度だけでいいので、外で、貴方とデートしたいんです。
転院先の病院に行く前に、こちらで住んでいたアパートを引き払ったりいろいろしなきゃならないことがあるので、退院後、少しだけ時間があるんです。
だから。
そう言われて、桐野は即答する。
「もちろん、俺も君に会いたい」
一度だけ、なんて言わずに、会える限り何度でも。
宮原は、花が綻ぶようないつもの笑顔を見せた。
今までで一番嬉しそうな笑顔だった。
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