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一一目の前で、なにかが壊れる音がする。
その次の瞬間、女性の悲鳴と大きな物音で電車のホームがいっぱいになった。
男は、手を伸ばしたまま呆然とする。
その男の妻が、急に電車が走る線路に足を踏み出した。落ちた瞬間電車はやって来て、妻を轢いた。
足に力が入らない。声を出そうとしても喉でなにかが痞える。頭が回らない。
なにかありましたか、と駅員の人が駆け寄ってくる。その質問に答えられずにいた男の代わりに、近くにいた女性が答えた。
女性が落ちたと。押されたのではなく、自分から足を踏み出したと。
その間に誰かが警察に通報したらしく、間も無くして警察官がやって来た。
線路を閉鎖して、巨大なブルーシートを数人で持ちながら線路上に行った。その様子を、男はただ見つめる。
一人の警察官に、女性の知り合いですか、と訊かれた。その質問に、男は夫ですと答える。
警察官が神妙な顔つきをして、頷いた。死体は霊安室に運ばれるらしく、死体を見ますか、と訊かれた。
男は、声を発することなくゆっくりと頷く。
パトカーに乗せてくれるらしく、ただ外を見つめながら揺られる。その間、男は虚ろな瞳をしていた。
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