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「おかえりなさい、お姉さん!」
「たたいま、しおりちゃん。今日は危なくなかった?」
「うん、へいき! ちゃんとかぎもかけてたし、お外にも出なかったよ?」
「そっか、偉かったね! さすがしおりちゃん!」
「えへへ♪ お姉さんの手、あったかい!」
……こうして頭を撫でることもできなかったんだよね、最初は。柔らかい髪を感じながら、ふと、そんなことを思う。
頭の上に手をかざしてしまうだけで泣き出していたし、酷いときは胃の中のものを戻したりしていた。そのたびに何度も抱き締めて、何度も「しおりちゃんのことを叩く人はもういないよ」と言い聞かせて。
そういう時間を通り抜けた先に、この笑顔はある。
しおりちゃんが笑って出迎えてくれる毎日は、私にとっても幸せに満ちている。
泣きたくなるようなこと、理不尽なこと、頭が真っ白になるようなこと、いろんな辛いことがあっても、しおりちゃんの笑顔が待っていると思うと頑張れる。しおりちゃんの笑顔を見ると心のつかえが取れる。
『なんか団地の中で事件あったとかで怖いから、今日は帰るわ。あとよろしくね~』
そんなよくわからない理屈で、明らかに嘲りの強い笑顔で仕事を押し付けられたりした今日だって、もうこんなに心が満たされている。きっとこの世界にある幸せの半分以上はしおりちゃんの笑顔がもたらしてくれるんだ……なんて思ってしまうくらい。
適当な理由とか、それすらなく何かされるっていうのは慣れてはいたけど、ストレスにはなる。
そんな職場なら辞めてしまおうかとも思うけど、私の事情を酌んでくれるところもそこしかない。時々食い縛った歯がそのまま折れそうな気持ちになる私のことを、しおりちゃんは受け入れてくれる。頑張ったね、と褒めてくれる。頭も撫でてくれる。
そして、今日も。
「お姉さん、今日もする?」
「いいの?」
「うん、だって、わたしお姉さんのこと好きだもん! ほら、いいよ?」
「じゃ、じゃあ、お邪魔します……」
どうしてだろう、毎日しているのに、毎回緊張してしまう。まるでずっと憧れているだけだった人に告白するみたいにドキドキしながら、しおりちゃんの前で少し屈む。
「お姉さんは今日もがんばったね、おつかれさま。よしよし」
こんな優しく頭を撫でてもらうことなんて、なかったな。手放したくない幸せと温もりを、私は噛み締める。
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