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「お姉さん、今日は、する?」
「うん……えっと、いいの?」
「もちろんだよ!」
しおりちゃんは、とても優しい。たとえどんなに眠そうにしていても、疲れてそうにしていても、私が帰ってくるといつも目を輝かせて駆け寄ってきてくれる。そして、頭を撫でてくれるのだ。
柔らかいし、すごくいい匂いがする。それに、あったかい。
「ねぇ、しおりちゃん。今日は誰も来なかった?」
「うん! 今日はひと来なかったよ!」
「そっかそっか~、怖くなかったね、よかったね」
「うん♪ お姉さんは? 今日いやなこととか、こわいこととかなかった?」
「お姉さんも、大丈夫だったよ? しおりちゃんがいてくれるんだもん、何があったって平気だよ」
嫌なことがないと言ったら嘘になる。
理不尽な要求をしてくる客はやまほどいるし、それどころか自分がルールだなんて振る舞いをしてくるのだって珍しくない。それに、内輪でも色々あるし。
だから、仕事が終わる頃には心身ともに疲れきって、もう息をしていることも嫌になることがある。それでも、そんな私をしおりちゃんだけは裏表ない、見返りなんて求めない無償の愛で包み込んでくれる。
今日も、しおりちゃんのぷっくらした柔らかい指が、私の髪をさわさわと掻き分けていく。誰かに触られるのがこんなに幸せで、心の満たされることだったなんて、知らなかった。
いつだって人に触れられるのは、支配欲だとか征服欲だとか、あとは力だとか、そういうものを感じながらだった。
「お姉さん、今日もおつかれさま。いっぱい、いっぱいがんばったんだね」
「うん」
「それじゃ、おうちではゆっくりしよ?」
「うん、ご飯作ったらね。そしたら、また撫でてくれる?」
「うん!」
しおりちゃんの笑顔を感じながら、夕食の支度を始める。幸せって、こういうことを言うんだろうなぁ――そんなことをふと思ったりして。
頭に触れられるなんて、叩かれたり掴まれるときだけだった。誰かといてこんなに安らぐことなんてなかった。
しおりちゃんは私の世界を変えてくれた。
だから、どうか。
しおりちゃんにはどうか、汚いものや心ない物事とは無縁
の未来が与えられますように。ずっと綺麗で無垢なまま、健やかにいてくれたら、私はそれで幸せだから。
きっと、私はその未来を守るから。
だからずっとここで笑っていてね。
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