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「なんか、団地の事件まだ解決しないみたいね」
「…………」
「ちょっと、聞いてる?」
「――え、あっ、そう……なんですか?」
「……うん、そう。なんか邪魔してごめんなさいね」
心にもなさそうな謝罪の言葉と共に背を向けて遠ざかっていく先輩社員を、黙って見送る。
なんのことかわからないけど、またお局様の機嫌を損ねてしまったらしい。あぁ、せっかくの昼休みなんだから、自由にさせててよ。みんながみんな、あなたみたいに人とおしゃべりしたいわけじゃないんだから。
……そう言いたいのをグッと飲み込んで、小さく溜息をつく。
「しおりちゃん、何してるかな……」
早く帰りたい。
早くしおりちゃんに会いたい。
早くしおりちゃんに会って、「おかえり!」って言ってもらいたい。
早くしおりちゃんに会って、「今日もおつかれさま」と頭を撫でられたい。
もう、それが数少ないモチベーションだから。
早く、上がり時間にならないかな……。
思わず見てしまった壁掛け時計の針は、望んだよりずっと遅いスピードで動いていて歯痒かった。
* * * * * * *
「ただいまぁ……」
今日は、疲れた。
昼休み中に機嫌を損ねてしまったお局様とその取り巻きたちから何かと嫌味を言われたり、帰り道に昔関わりのあった相手からしつこく誘われたり、どうしてか今日に限って邪魔が入ってしまって、なかなか帰れなかった。
いつも帰ってくる時間より30分近く遅くなってしまった。帰ってくると部屋の明かりはついていて、しおりちゃんも「おかえり!」と迎えてくれた。
「おかえり、お姉さん! おつかれさまのぎゅー」
可愛らしい声で言いながら私のお腹あたりに抱きついてきてくれるしおりちゃんの温もりに、また心が満たされていく。
「ありがと~、ごめんね、遅くなって!」
「ううん、お姉さんはちゃんとかえってくるから、いいの! やわらかいし、あったかいし、わたしね、お姉さんのことだいすき!」
「………………っ、」
どうしよう、ちょっと泣きそうだ。
「ありがと、しおりちゃん。私も、しおりちゃんのことが大好きだよ」
こんなに心を満たしてくれる人は、いなかった。この子との関係を終わらせたくない。
だから、黙っておく。
しおりちゃんの手の甲の引っ掻き跡に触れていいのか、わからないから。
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