雨夜に、あなたを知って。

2/6
前へ
/40ページ
次へ
 ザァァァァァ……  雨に濡れた路面を走る車の音が、いつもの裏路地にまで届いてくる。この路地はいつもは静かで居心地がいいんだけど、今日みたいな日は関係ないみたいだ。といっても、今日に限ってはどんなに静かだったとしても、私の気持ちはずっと騒ぎっぱなしだっただろうけど。 『なんかさ、この感じ疲れない?』  紫煙をくゆらせながら、タバコと汗と、いろんなにおいが染みついたベッドに腰掛けたままでそう気遣う言葉を突き刺してきた背中に、どうして何もし返さなかったんだろう? いろんな感情の隙間に挟み込まれるのは、そんな出来もしない妄想の後悔。  どうして、みんな終わりには“いい人”になりたがるんだろう?  はっきり言えばいいのに、もうお前といるのは疲れた、って。もうお前のことを恋愛対象にできない、って。  もしかしたら、彼にとってはそもそも恋愛対象ですらなかったかも知れないけどね――ふと漏れた自嘲めいた笑い声も、この雨なら掻き消してくれる。そういう意味では、雨の夜っていうのも悪くはないかもしれない。  激しく降り注ぐ雨は、地面に着いたそばから排水溝へ流れていく。  私も、この雨みたいにどこかへ流れて行ってしまえたらいいのに。どうせ、特にこれといった価値も必要性もないんだから、この水と同じようなものに違いない。いや、もしかしたら自然観の循環とかいう小難しくて大きな流れに組み込まれている分、この雨水の方が価値があるのかも?  誰もいない小さくて狭い部屋に戻る気にはなれなくて、特に当てもないままフラフラと歩いていたとき、ふと足が止まった。  そこにあったのは、別にどうということのない公園。  団地の子どもたちが遊んでいるような小さな公園で、もちろん、雨の夜にはそんな所で遊んでいる人なんていない。それが普通だし、当たり前の光景だ。当たり前の光景なんかで足を止めるようなことは、もちろんない。  そのとき私の目を奪ったのは、ブランコに座った人影。  空を駆け下りる光の粒が身体を濡らしていくのにも構わずに呆然としている様子のその子を見たとき、一瞬迷った。声をかけるべきなのか、と。もし放っておけば、ずぶ濡れになって風邪でも引いてしまうかも知れない。それは寝覚めが悪い。  でも、そのどこか危うげな雰囲気が、私の足を止めた。  触ったら砕けてしまいそうで―― 「たすけて」  えっ?
/40ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加