3人が本棚に入れています
本棚に追加
団地街の中にぽつん、とある小さな公園。なんの変哲もない、昼間にはいろんな子どもたちの遊び場になっているし、いろんな親御さんたちの社交場みたいなものになっているその公園で、私はひとりの女の子に出会った。
「た す け て」
ゆっくりと動いた口からは、その口と同じくらいゆっくりとか細い声が漏れている。雨に濡れるのも構わずに、傘も差さないでブランコに揺られている彼女は、少し寂しそうに見えて気にはなっていた。
声に引き込まれて近付いた彼女は、どう見ても普通ではなかった。
全部を諦めきったような暗い瞳に、本当は黒くて艶のあるはずだろうに、ボサボサになっている長い髪。学校の制服みたいな黒い服にコートを羽織っただけの、寒々しい格好で、その小さな身体を夜の雨風に委ねていた。
それに、何よりも。
「ねぇ、その手……どうしたの?」
真っ赤に濡れた手は、どう見たって何かしらの事情を感じさせるもので、もしかしたら、どうしよう。
「ママ、いなくなっちゃった」
「え?」
急に話が変わったような気がして、思わず訊き返す。すると、彼女はまた小さな声でぽつぽつと話し始めた。
「帰ってきたら、ママがいなくなってたの。ママみたいな人と、パパじゃない人が、パパとわたしがしてるようなことをずっとしてて……。それ見てたら、パパじゃない人がわたしに気付いて、それで……」
「大丈夫だよ、それ以上はもう言わないでいいから」
聞いているのが辛くて、思わず声を遮ってしまっていた。何も考えずに抱き締めた小さな身体は、少し震えていて、よっぽど嫌な思いをしたんだと思う。
だから、ふと思ってしまったんだ。
「今夜、うちに泊まらない?」
彼女の傷を、私で癒せないだろうか――なんて。それくらいの価値なら、まだ残っていると思いたくて。
雨音に掻き消される声を都合のいいように解釈して、私は家路に就いた。
最初のコメントを投稿しよう!