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「身体冷たいから、お風呂入りな?」
「う……」
連れ帰った彼女のことでいちばん印象に残ったのは、その身体の冷たさだった。きっと、ずっと雨に当たっていたからなんだと思う。なんとなくその子の冷たさはそれだけが理由ではないような気もしたけど、まずは身体を温めてあげたかった。
そのつもりだったんだけど……。
「う……、う……」
「ううん、入っときな? 風邪引いちゃうから。ていうか、どうしてここまでお風呂嫌がるかな~」
自己主張の強い印象はなかったけど、お風呂に関しては、わりと頑固に嫌がっている。たぶん、恵まれない暮らしをしているようだったし、なるべく怒ったりしたくないから、強くは言えない。
でも、温らないとたぶん風邪引くからなぁ~。そう思って、お風呂の何が嫌なのか、ちょっと尋ねてみた。すると、彼女は小さな声で辿々しい口調で訊き返してきた。
「ママみたいに、頭押さえて水につけたりしない?」
「――――っ!?」
それは、衝撃的な言葉だった。
まさかこの子は、毎回お風呂に入るたびに、湯船に頭を沈められたりしていたの?
そんなの、まだ小学校低学年だろうこの子にだって、明確な悪意として伝わるに違いない。もし伝わらなかったとしても、お母さんのような身近な人からそんなことをされたら、怖いに違いない。ずっと続いていたなら……。
彼女の何もかもを諦めたような暗い瞳を、もう1度見やる。まだ、その瞳は暗いままで。
胸が、締め付けられるように痛かった。だから、私はまだ聞いていなかったことを聞くことにした。
「あのさ、あなたのお名前なんていうの?」
「………………」
「?」
「知らない人には言っちゃいけないって、ママが言ってるの」
「そっか、」
「でも、お姉さんは優しいし、もう知ってるから言うね」
「あ、ありがとう……」
なんだろう、彼女にとって少し――“知らない人”から“知ってる人”に――近い存在になれたような気がして、どうしてかすごく、苦しいくらい嬉しくて。
「さかもと しおり」
辿々しく教えられた名前は、どこかの会社の内定通知なんかよりよっぽど価値があるように感じた。
「お名前教えてくれてありがとう、しおりちゃん。ねぇ、お姉さんと一緒にお風呂入ろ? 嫌なことは絶対しないから」
その言葉にしおりちゃんが頷いてくれたとき、たぶん私の何かが動いた。
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