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しおりちゃんの特殊な状況というのは、お風呂だけではなかった。しおりちゃんはその日、夕食のときや、寝るときに至るまで、子どもを育てたことのない私にも想像できるくらいに酷い環境だったことを窺わせる態度だった。
『テーブルの上で食べていいの?』
『お布団で寝てもいいの?』
彼女がその幼い目でどれほどの絶望を見つめてきたのか、それだけで想像できるようだった。彼女の暗い瞳に映る『ママ』の姿を見たくなくて、私は私にできる限りの愛情を注ぐことにした。
しおりちゃんから、『ママ』の面影なんてなくなってしまえばいい。
そんなことを思わずにはいられない。だから、温かいおかずをいっぱいあげた。布団の中では、ぎゅ、っと抱き締めて一緒に眠った。その間ずっと、しおりちゃんはその小さな身体を震わせていた。
暖房も利かせてあるし、けっして寒いわけではないのに、歯までガタガタ鳴らしていた。眠っている様子だったのに、小さな声で何度も『ママ、ママ……、ごめんなさい、ごめんなさい』と呟いている姿が痛々しくて、抱き締める腕に力が籠もる。
抱き締めながらも、そっと彼女の柔らかい髪を撫でる。少しでも、しおりちゃんの不安が晴れたらいい――そう思って。
そうするうちに、わたしも眠ってしまっていた。
* * * * * * *
朝になって目が覚めると、腕の中には慣れない柔らかい感触。
「え……、」
驚いて声を上げると、「んむぅ」と眠たげな声を漏らしながら目をこすり始めた。その様子を見守りながら、やがて目を覚ました頃に「おはよう」と声をかける。
「――――っ、あ、お姉さん、おはよう」
一瞬だけとても怯えた顔をしてから、私の言葉に答えてくれるしおりちゃん。
どうしてだろう、その笑顔を見ただけで少しだけ残っていた昨日の疲労感とかそういうものが一気に溶けてなくなったような気がして、それで、彼女が見せた怯えた顔がたまらなく苦しくなって。
できることなら、彼女を見るときに目にする顔が、全部「おはよう」と言ってくれたときの笑顔であってほしいと願ってしまった。それまで、ずっと、何日かけたって彼女の傷を取り去ってあげたい――そう思ってしまうくらい。
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