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「しおりちゃん、お留守番してられる?」
「うん」
「電話は?」
「出ない」
「ピンポンは?」
「出ない」
「ドア叩かれたら?」
「出ないで静かにしてる」
「火事になったら?」
「ドアからにげる」
「お姉さんは何時に帰ってくる?」
「ゆーがたの6時!」
これは、毎朝の確認行為。しおりちゃんの柔らかな頬や鼻に自分のものをくっ付けて、その温かさとハリと滑らかさに元気を貰いながら、しおりちゃんの安全確認を済ませる。
「うん! それじゃ、お姉さんお仕事行ってくるね」
「いってらっしゃーい!」
しおりちゃんの元気な声に見送られて家を出ると、その日はどんなに疲れても頑張れるような気がする。私は今日も、仕事に出ることにした。
もちろん、ちゃんと鍵も閉めて。
それから、嫌味を言われたり何かしらの否定の材料を敢えて探されるような時間を過ごした後、私はようやく家に帰ってくることができた。
「しおりちゃん、ただいまぁ~」
感じたのは、奇妙なくらいの静けさだった。いつもだったらこの時間に帰ってくると、しおりちゃんの好きな幼児向けアニメの音が流れてきていて、楽しそうな笑い声も聞こえてくる――それがいつものパターンなのに、今日はそれが聞こえてこない。
それに、しおりちゃんは優しいから、いつもわたしが帰って来たときのために玄関の明かりをつけてくれている。けれど、今日はそれもついていない。
「しおりちゃん?」
返事はない。
奥のリビングルームにだけ明かりがついて、あとはなんの明かりもない。
「しおりちゃん!」
「……、おねえさん?」
声が聞こえてきたのは、トイレの方から。
振り返ると、しおりちゃんが恐る恐るトイレから出て来た。それで、じっと私のことを見つめてくる。
「こわいおばさん、もう帰ったの?」
「怖いおばさん……?」
「さっきまで、ずっとドアの外でお姉さんの名前呼びながらドア叩いてたの……。すごい怒ってるみたいだった」
『早くしなさいよ、どれだけ待たせるの!?』
『なんでそんなこともできないの、ほんと使えない!』
『あんたは私がいなきゃ何もできないの! わかった!?』
「…………、いや……、」
もう、聞こえないはずの声が蘇ってくる。
なんで。
「お姉さん!?」
目の前が暗くなって、しおりちゃんの声も、遠のいた。
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