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たじろいで、後ろ手に扉を閉めた。うだるような熱気に迎えられる。引きかけていた汗が背中に兆した。だけどその馴れ馴れしいくらいに絡みついてくる空気の質感を寧ろ好ましく思った。
等間隔に並んだ窓は全て開け放たれているが、ほとんど無風だ。蝉の鳴き声がシャワーみたいに絶え間なく流れ込んでくる。無性に喉が渇く。どこまでも続きそうな廊下には誰もいない。
今は三時間目の授業中だ。運動部の連中が極端に冷房の設定温度を下げた──時間目は体育だったのだ――教室とは天地の差だ。乾いていた汗がブラウスの背中で滲む。でも今はそんなに不快じゃない。いっそ走り出したいくらい。疲れているし目立つし、しないけど。覗き窓を避けて大きく伸びをした。
このままサボってしまおうかな。悪い思いつきが首をもたげる。ゆっくりと窓の向こうの空を眺めながら歩く。前髪がおでこに張り付いて鬱陶しい。でもそれさえ気にしなければ、ここは、なんて良い場所だろう。人っ子一人いない細長い空間。揺れて見える木立、蝉の声、冷房で冷やされた体には差し込む日差しが寧ろ心地よい。人の気配や声は遠く檻の内側の出来事だ。私は解放されている。そう思った。
用を済ませてしまってトイレから出ても教室に戻る気にはならなかった。ちょっと寄り道したってばれないだろう。あんまり遅いと妙な勘違いをされるかもしれないが、そんなことを噂されて困る友達もいない。教室より少し手前の階段に差し掛かり、南校舎の四階を後にした。
一旦二階まで降りて、それから渡り廊下を使って北校舎に向かう。階段を昇って三階を目指した。踊場に設けられた明かり窓から、日差しが差し込んでくる。顔に当たる陽光に気を取られて我知らず立ち止まった。見上げると熱射が目を焼く。
ザラメ色の眩暈。視界にまだらに破けたレースのカーテンがかかる。手をかざして階段を昇っていくと段々気分が高揚していくのが分かった。冒険、非日常の香り。人で行き交う休み時間にこんなところで立ち止まることは出来ない。今ここでしか出来ないことをしている。そう思った。
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