7人が本棚に入れています
本棚に追加
「なぁ、あの親父のすることは全て正しいのか」
「……クレイグ……?」
「俺に、自由意思はないのか?」
真上に見えるクレイグの表情は今にも泣きそうで、ピアーズは講演会で何かがあったことを察した。いや、いままで募ってきたものが、講演会で爆発したとでも言うのだろうか。とりあえずピアーズは、クレイグを落ち着けようと必死に言葉を紡いだ。
「……お前は、自分の好きなように生きていいと思う。お前は親父さんとは別だ」
「だが世間はそう見ていない。世論があの人のやることをすべて肯定しているように見える。俺は、……あの人のいいなりにしかなれない。でも、それがひどく苦痛なんだ、どうしたらいい。将来の夢も、恋も、日々のスケジュールも、……全部あの人の決定に背くことは許されない」
「ちゃんと主張しろよ、自分は嫌だって」
「……それができたら苦労しない。……なあピアーズ、一つだけ俺の願いを聞いてくれないか」
「いいよ、いくらだって聞いてやる」
「俺だけを見ろ」
その強い言葉にピアーズが狼狽え、目をそらした瞬間……クレイグがピアーズの頬を両手で掴んで唇の先が一瞬触れた。しかし、すぐにクレイグがうつむく。
「……ごめん、こんなことするんじゃなかった」
クレイグはそう言ってピアーズから離れ、ベッドに倒れ込んだ。
キスとも言えない、ただ触れただけの唇が熱い。
「……なんでだよ、なんで後悔すんの」
ピアーズは、自分でそう言いながら、意味がわからなかった。ただ今は、クレイグがしようとしてやめたことを、無性に責めたい気分だった。
このまま流れでしてしまいたかったのかもしれない。でも、それはイヤで、本当は最初を大事にしたかった気もする。それのどちらともが、今のでなくなってしまった。中途半端なキスで、どちらもなくなってしまったその事実が、恨めしい。
「……お前の気持ちを、考えるべきだったんだ。悪かった。俺の気まぐれで」
「……そうかよ」
ピアーズは、床に座り込んだ。それでも、クレイグが動く気配はない。
最初のコメントを投稿しよう!