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「ピアーズ、おかえり」
「……ただいま」
ドアを開けると明かりが灯っており、暖かい空気で満たされている。そしてキッチンの方からは、ひょっこりとクレイグが顔をのぞかせていた。
大学に入って一人暮らしを始めたピアーズの家には、よく夕飯を作りにクレイグが来るようになった。
合鍵も渡してある。クレイグは両親のいるあの家を嫌っているから、家にいなくていい理由をここに見つけたのだろう。
この光景に少しずつ見慣れてきた事実が、嬉しくないといえば嘘になる。
「……結局来なかったんだな」
ピアーズはわざと突っぱねるように言った。あの後、ジムで2時間ほどトレーニングをしたけれど、結局クレイグは姿を現さなかったからだ。
「悪かった。でも、ちゃんと連絡入れただろ?」
「トレーニング中に携帯なんて見ないだろ。もっと早く知りたかったってだけ。だったらもっと早く帰ってきたのに」
「夕飯、何?」
「オムライス」
「やったね」
「一緒にジム行ってやれなかったお詫び。お前好きだろ。ほら、手洗いうがい行って来い」
ピアーズはふんと鼻で笑うと、クレイグに言われた通り手を洗いに行く。シャワーはもうジムで浴びてきてしまった。
「あ、クレイグ、ハンドソープない! 持ってきて」
「何やってんだよ……」
クレイグが呟いたのが分かったが、ピアーズはその手を濡らしたままの状態で待っていた。すると甲斐甲斐しくこうして、クレイグが持ってきてくれることを知ってるのだ。
すでにどこに何があるのか、物の配置までクレイグは覚えている。
「ありがと」
「そういや、お前こないだのコンペどうなったの?」
「あーダメだった」
詰め替えパックから少しピアーズの手にソープをこぼしてやってから、クレイグはボトルに詰め替え始めた。ピアーズは泡立てながら、わざと明るく振る舞ったことも、見透かされているのだろうかと考える。
しかしクレイグの横顔から見て取れる感情はない。
「ふーん。俺は好きだったけどな。建築模型は? ある? もう一回見たいんだけど」
「あるよ。あっちの部屋」
クレイグが嬉しそうに言うから、ピアーズは何も言えなかった。そんなに自分の作るものを好きだと思ってくれているこの存在が愛おしい。
そのまま手に持った詰替え用のパックを空にしてしまうと、"あっちの部屋"にクレイグが向かった気配がする。
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