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「決まったかい、心は」
ピアーズは翌日4時限の終わった後、アダルバードの札のかかった研究室に来ていた。
アダルバードはピアーズが部屋に入った時からずっと、窓の向こうを見ている。
「……はい」
「返事を聞かせておくれ」
「せっかくお誘い頂いたのですが、今回は、……辞退させて下さい」
ピアーズのその言葉に、アダルバードが緩慢な動きで振り向いた。そして何を考えているか分からない曖昧な表情でピアーズを見つめる。
「何が気にくわない?」
「気にくわない訳じゃなくて……あなたの元で助手をさせてもらえるなんて、身に余る光栄だというのは実感しています。ですが、……本当にあなたは、オレの"作品"を見てくれていたのかなって、疑問に思ったんです」
「……」
「オレは、今の日常の中で大切な友人と過ごしたり、芸術に触れたりする生活が割と好きなんです。あなたのそばにいたら、そりゃ毎日刺激的で楽しいと思う。でもまだ、……オレはそこに及んでない。これは主観的な判断ですが、客観に近いと思っています。オレにはまだ、デザインの基礎から抜け出せていないところがある。法則を取っ払っても素晴らしい芸術という域に、達していないんです。あなたの作品がそういうものばかりだからこそ、オレはあなたの作品を見てきたからこそ、自分の作品があなたの琴線に触れるものじゃないってわかっているんです。だから正直、今回のお誘いには驚いたというか、悪い意味で信じられなかったというか……」
アダルバードがこちらに一歩、また一歩と近づいてきた。ピアーズはぐっとその目を見つめ返す。ここで折れてはいけない。
「……そうか。分かっていたのか」
ピアーズの鼓動が大きく跳ねる。言葉に温度がなかった。
「君は意外と聡明だね。ああ、頭は良くてもそれが作品に生かされないのか。不幸だな。キミには、1ミクロンの才能もない。だから、愉快でね」
アダルバートは口角を上げて皮肉げに笑う。その瞳には他人を見下す嘲りが見えた……。
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