プロローグ

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 そういう背景もあって、彼は少し引っ込み思案になっていった。  両親や兄弟はそんな彼を心配してあれこれと気を遣うのだが、それがかえって少年を意固地にしているところもあり、今となっては当たり障りなく心配かけないことを第一に、屋敷に閉じこもり気味になっている。  そして、今日。  今まで何度も命を狙われてきたが、今回のはさすがに危なかったらしい。  生死の境を、数日間彷徨った。  脱水症状が続き、高熱と朦朧とする意識の下――  変な夢を見ていた。  見たこともないような光が瞬く明るい夜。  石造りのとんでもない高さの建物が所狭しと立ち並ぶさまは、まるで押しつぶされてしまうかのような圧迫感だ。  リュシアンとしての記憶がこれを知らないと判断し、もう一つの記憶が懐かしいと感じていた。  俺が生きてきた世界。  そう、これは宮田斎として平凡に過ぎる人生を送って、そして終わった場所。  下手に仕事ができたがゆえに会社にいいように使われた。  そして、恋愛においてもいい人で終わってしまうことろがあった。  飄々として人を引き寄せる魅力があり、周りにはいつもそれなりに人がいたものの特に親しい相手を作ることはなかった。  もともと家族に恵まれなかった境遇が、根本的なところで人との距離を置いてしまっていたのかもしれない。  天涯孤独で、四十半ばになっても恋人一人おらず、その記憶はある日突然途切れている。  おそらく急な病に倒れ、一人暮らしだったため誰にも助けられず死んでしまったのだろう。  この記憶は、おそらく前世のもの。  とくに変わった人生を送るでもなく、無為に失った命の記憶。  だからこそ、と僕は思った。  今度は、訳も分からず死ぬのはごめんだと。  何としても生き延び、精いっぱい生きることを楽しんでやる!  殺されてなどやるものか、と誰に聞かせるでもなく見えない敵に宣戦布告をする。  幾度も暗殺の脅威に晒され、どこか諦めてしまっていた少年は、ここへきて逆に開き直ってしまった。達観したというか、なぜ狙われているか知らないが、それこそ俺の知ったことか、と思った。  彼は、消極的で気弱なリュシアンである前に、生前飄々として人生を立ち回ったモーレツ(笑)会社員のイツキでもあったのだ。  そうして三日三晩の昏睡の末、リュシアンはようやく目覚めたのである。
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