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「どちらにしろ、いい機会かもしれない。もとより敵にリュクのことが知れている以上、これからも狙われる。王宮に戻ることが危険だというのは確かだが、ここまで来れば決めるのは陛下と…、リュシアン殿下だ」
アナスタジアは、黙って夫の言葉を聞いていた。
小さな沈黙の中、窓の外では呑気そうな鳥のさえずりが聞こえてくる。すっかり陽も登って、やがて夏らしい日差しが明るく緑の大地を照らし始めた。
かちゃり、と遠慮気味にエヴァリストがティーカップを持ちあげた。珍しく躊躇いがちな様子で口を開く。
「お前の姉、シャーロットが亡くなって、もう三年になるか…」
「ええ、お姉様と……ミッシェル殿下。あんなにお小さかったのに」
第三王子ミッシェルが、まだたった二才の時だった。
母親のシャーロットと共に、実家への一時帰省の途中でその事件は起こった。馬車が山賊に襲われ重傷を負ったのだ。この時すでにシャーロットは懐妊していた。
護衛の騎士たちの命がけの働きで、隊の一部はなんとか王都へと戻り、シャーロットは辛くも命を取り留めた。
けれどミッシェルは、その時の怪我が原因で帰らぬ人となったのだ。
眩しいほどの朝日に目を眇めて、エヴァリストは手に持っていたハーブティーに口を付けた。
緑豊かな庭を一望できる窓を、二人はどちらともなく眺めながらしばし己の思考の中へと入り込んでいた。
と、その時。
いきなりの衝撃と、遠くから鈍い轟音が響いた。
食器が一斉に小さく振動して、皿に乗っていた銀のフォークがテーブルから転げ落ちる。
「何事だっ!?」
とっさに立ち上がり、よろけた妻を庇うように抱き留めたエヴァリストは、扉の向こうにいるだろう者たちに呼びかけた。
すぐに執事のギョームが、食堂に飛び込んできた。
「大変です旦那様、ま、魔物にございます」
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