3366人が本棚に入れています
本棚に追加
/757ページ
ゆっくりと目を開けると、覗き込むいくつもの顔があった。
「ああ、よかった。リュク、わかりますか?」
青い瞳が、優しそうに微笑んだ。
オービニュ伯爵の妻、アナスタジア。
決して華美ではないが、いつも笑顔を湛えた素朴で愛らしい女性だった。美しい金髪を結い上げているが、それでもかなり若く見える。
答えようと「母様」と呼ぼうとして、咽喉がつっかえて思わずせき込んだ。
妹のマノンが慌ててベットサイドの水差しを母親に渡す。
「あ、俺は父上呼んでくる」
やり取りを見ていた兄のロドルクは、はっとなって慌てて部屋を出て行った。
水差しの水で喉を潤すと、リュシアンはようやく落ち着いたようにため息をついた。
すぐに身体を起こそうとしたが、母はそれを許さず肩を軽く押さえて首を振った。
「まだ起きてはいけませんよ。気分は悪くありませんか?」
「にいさま、へいき?もうだいじょうぶ?」
仕方がなく母に頷いたリュシアンは、ベットに縋りつく妹の頭を撫でてやって「大丈夫だよ」と笑って答えていた。
ふと母が少し驚いたように瞬きして口を開きかけたが、すぐに父が部屋に入ってきて意識はそちらへ移った。
「リュクは大丈夫か?アニア、どうなんだ」
「先生にきちんと診て頂かなくてはいけませんが、今のところは問題なさそうですわ」
「ご心配かけて申し訳ありませんでした、僕はもう平気です」
先ほどの母同様、リュシアンの常とは違う様子に目を見張りはしたものの、父はすぐに一つ頷いて優しく笑いながら続ける。
「先生が来るまで横になってなさい、しっかり診てもらうのだぞ」
「はい、ありがとうございます」
いつもならこういう出来事の後は、ひどく落ち込んでいて浮上させるのが大変なのだが、リュシアンの表情は意外なほど明るかった。それこそ普段よりも、と言ってもいいくらいに。
どこか不思議そうな顔をしている両親に思わず苦笑する。
変に思われるかもしれないが、リュシアンはわざわざ態度を改める気はない。
元のリュシアンはもちろん自分ではあるけれど、たぶん今はまったく同じ人物ではない。
ただ、昨日の夜のことはまだ父母には言わないでおこうと思った。
最初のコメントを投稿しよう!