独白

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 だから、いっそのこと見なかったことにしようと思って、本を閉じたのよ。もしかしたらメモの持ち主は、間違えて挟んだだけかもしれない。そう言い聞かせて。 「……見たんだ」  後ろから、低い掠れた声が聞こえたの。びっくりして、振り向いたら彼と目が合ったわ。深い深い黒の目。さっきまでいつもみたいに寝てたはずなのに、いつの間にか起きてたの。  少し不愉快そうな顔でそう呟いた彼に私は何も言えなかった。万一、今の私がそのときに戻ったとしても、きっとまた同じように何も言えない。まだ分からないの、あの呟きになんて返せばいいのか。  彼は立ち上がると迷いもなく私の前に立ったわ。思っていたよりも彼は大きくて、私はただただ呆然と見上げていたわ。  彼は重たそうなまつげがかかった瞼をゆっくり瞬かせて、私の手からそっと本をとったの。その瞬間が私にとっては数時間のように感じられたわ。私の鼓動の回数、彼の瞬きの数、どれもこれもがまるで映画のワンシーンのようにスローモーションだったの。  私を横目に、彼は先ほどのメモを取り出したかと思えば、窓の方へと歩いていったわ。そうして窓を開けて、なんの躊躇いもなく彼はメモを破って外に放り投げたの。雨だったから、きっとあの紙は跡形もなく溶けて消えちゃったんでしょうね。
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