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時折吹く強い風の中、救急車は走る。
横風が吹きつけると、ふわと揺られて傷が痛む。クリスマス目前の、イルミネーションで輝く街を、雪が斜めに流れていく。
無粋な風め。ロマンチックさの欠片もない夜だ。けれど、そうでなければ僕はもう……。
夜は長い。明日また空を見られるかは、まだわからないままだ。
僕が空を見上げたのは、こんな光景を見る為じゃなかった。
仕事を終えた帰り道、雪が降ってきたんだ。初雪。
昼休みに君に会った時、今夜あたり降りそうだねって話したばかりだったから、驚いたよ。
「ねえ、見て。雪が降ってる。」
降り始めてすぐに着信音が鳴って、君と同じ機種のスマホから、はしゃいだ声が聞こえる。
仕事から帰ったばかりで、まだコートを着たままなのって、ダウンのコートをシャカシャカいわせている。
「窓から雪が見えたから、ベランダに飛び出してきちゃった。脱がなくて正解だったわ。」
余程興奮しているのか、聞き慣れた声は僕の返答も待たずに喋り続けた。
「ね、私の言った通りになったでしょ?今夜は絶対降るって思ってたのよ。うちのマンション、この辺じゃ他に高い建物もないから、私の部屋からでも眺めがいいの。夜景と雪が一緒に見られるなんて最高ね。すごくキレイ!ここに引っ越してよかった。」
その勢いに気圧されて、僕はただそれを聞くしかなかった。自宅に向かっていた足も、いつの間にか止まってしまっていた。
と、僕の左手がなにかにそっと包み込まれる。それは隣を歩いていたマユの手だった。
電話の向こうの君に気を遣っているのか、口の動きだけで話し掛ける。
「だ、い、じょ、う、ぶ?」
僕の様子がおかしいことに気が付いたのだろう。心配そうに顔を覗き込む。
電話越しの君と違って、表情が見えているぶん、マユの考えていることは容易に推察することが出来た。
さっきまで手を繋いで歩いていた男が、他の女の声が漏れる電話を十五分も握っているのだ。ろくに受け答えもせず、男の顔色は酷く悪くなっていく。
それは健全且つ悲観的に見れば、僕が彼女に対してとても不誠実だと思われても仕方がない状況だった。
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