前書き

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前書き

先生が死んでから三日が立った頃、僕は先生の書斎にいた。 「私が死んだら書斎の本棚を全部あなたに差し上げます。勉学に使うもよし、古本屋に持っていってお金に変えるもよし。龍之介先生や太宰さんの本なんかはもう君も持っていると思うから、それらを売って、伊豆にでも行くと良いでしょう。その代わり、掃除や後片付けは頼みましたよ」 それが私への、先生の最後の言葉であった。本棚の本を一つ一つ仕分けていって、古本屋に出す本を紙紐で縛って一纏めにする。 多分これらを売っても五圓にもならないだろう。そんなことを考えながら売りに出す本をまとめ終える。そして本棚に残った本の中から欲しい本を選別していた時、ふと、題名のない青い本が目に留まった。 他の本と比べてあまり傷んでおらず、比較的新しいように思われるその本はかなり薄く、ページ数も十頁あるかないかくらいであった。 一体先生が何を思ってこの本を購入したのだろうと思い、初めの頁をめくる。そこには印刷された題名はなく、代わりに「在りし晩年の遺歌」と、丁寧な字が書かれていた。 これは先生の未完の作品ではないかと思い、急いで残りのページを捲る。だがそこに書かれていたのは、懺悔にも似た、先生の独白だった。 先生は普段日記というものを書かず、「気恥ずかしい」と理由であまり好んでいなかった。だがこの青い本を再び閉じた時、僕はこの短い文章が先生のどの作品よりも美しく、そして尊く感じた。 その内容は、他の誰でもない、先生自身に送られたものだった。
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