2人が本棚に入れています
本棚に追加
日付を跨いだころ自分のアパートへ帰った僕は、普段レポートの作成くらいにしか使わないノートパソコンを開き、そのままペイントソフトの物色にかかった。
パソコンが立ち上がるまで携帯の方で授業報告をしておく。もっともらしく、今日は科学の授業とでもしておけば良い。
夕方に淹れたコーヒーの余りを飲み干し、帰りがけにコンビニで買ったパンを片手に情報収集する。
最初はフリーソフトでいいだろ。そういえばイズミの家にはパソコンあったかな。あるんじゃないの、知らんけど。
着信音が鳴った。さっき別れたばかりのイズミからだ。モグモグと咀嚼しながら出る。
『うん?』
『あ、お疲れ。ノート忘れてるよ』
『置いといて。ありがとう』
『聞こえなーい、何食ってんのほんと』
『うん』
『…なー、なんで家庭教師なんですか』
『知り合いの婆やにさ。やってみれ、って言われてなんとなく』
ふとしたことからクレジットカードの仕組みを教えた相手は、四〇年あまり勤めあげたプロの家庭教師だった。
僕らの世代には常識の事だが、遠隔即時決済の技術とインターネットインフラの下地、代理店のフィービジネスのモデルを七〇代に伝える難しさは並ではない。
あれこれ質問してくる厄介な婆やに、醤油の卸やラジオ、果ては紙飛行機や伝書鳩に例えてどうにか応えた。
いたく感動する古株の推薦を受け、某社の教師登録に当たって僕の登録試験は免除されたのだった。
『…ふーーん……』
『なによ。はよ寝れ』
『うん。おやすみね』
「…高え。クソ」
通話を切った僕は悪態をつきながら対応ソフトとOSのバージョンを確認したあと、Amazonで二番目に安くて分厚い台湾製のペンタブを二つ注文した。
【了】
最初のコメントを投稿しよう!