家庭教師

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「そいつ最っ低」 「そんなことまでしてお金欲しいの!?働けば良いじゃん!」  彼女が顔を歪めて喚く。 「働いても追いつかないくらいの借金があったかも知れない、単に楽して稼ぎたいってことかも知れない。助けたい何かがあったかも知れない。何とも言えないけどさ」 「借金があっても!そんなの許されるわけない!」 「…うん、本当にね。そのとおり」  ひと一倍正義感が強いイズミは、身勝手に、無為に傷つけられた一頭の馬のために怒れる少女だった。  一年生の半ばから彼女が学校へ行かなくなった理由も、その性格が災いした些細なトラブルだと聞いている。彼女は自分の信じるところに従い、結果的に同級生に怪我をさせた。  それ以来、彼女にとって中学校とは、カウンセリング室へ月に一度連れて行かれ、仮面のように笑顔を貼り付けたスクールソーシャルワーカーに愛想笑いしつづける小一時間のことだった。  二三時現在、イズミの母は不在だ。いつも僕と入れ違いくらいで工場の夜勤に出る。  色を抜いた髪に少しの疲れを見せて、母はしきりに言っていた。  普通に学校を卒業して、結婚して、家庭を持ってくれれば。  とにかく普通に。普通になってくれれば、私はそれ以上は何も望みません。  そんな普通はどこにあるんだろう。中学校はたとえ一日も登校しなくても卒業できる。  母が出勤すれば、他に家族のないこの家にはイズミひとりになり、そこへ家庭教師が週に一度やってくる。  通常では考えられないが、イズミの母は『男子大学生』を希望したのだった。  暗くわずかにギラついた眼の奥底を思い出す。 
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