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自分の足音に何か別の音が重なって聞こえた。猫か何かだろうと、最初は気にも止めなかった。
おかしいと思ったのは数秒もしないうちだった。
自分の呼吸もひそめ、耳を澄ませた。
聞こえてくる。何か硬いものが床を転がるような、乾いた音。からから――そう、からからと。
からから坂――その謂れを思い出し、彼はぎくりと足を止めた。
音は先ほどより大きくなっていた。
どうせ誰かが坂の上から空き缶や材木でも転がして、いたずらしているのだろう。怪異の正体なんて、そんなものだ。言い聞かせてみたものの、なんとなく足が前に出ない。
街灯に照らされた坂道は闇と光を合い混ぜにしながらのっぺりと続き、からから、音だけがどんどん近づいてくる。
自然と後ずさって、気づいた。その瞬間、ぞぞぞっと背筋に怖気が走る。
この音、背後から迫っている。
彼は勢いよく振り返った。今しがた上ってきたゆるやかな坂、後に人影も、猫の一匹もいない。
だが音量は増すばかりだ。煌々とした街灯が照らすアスファルトの坂を、音だけが『上ってくる』。
からから、からから。からからからからからから。
もう、すぐそばまで来ている。
彼は夜食の入った袋を放りだし、その見えぬ何かを避け、道の端に飛び退いた。
コンクリート壁に背を預け、硬直する彼の前を、からから、からから、音が通り過ぎる。
音は一定の速度で遠ざかり、やがて細く糸を引くようにして消えた。
その後、坂を通ってもからから音が聞こえたことは無いという。
終
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