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からから坂
からから坂、と呼ばれる場所がある。正式名称は別にあるが、近隣に住む者は皆、からから坂と呼んでいる。
名の由来はこうだ。
夜中、そこを一人で通っていると、どこからともなく、からからと音が聞こえてくる。
音はどんどん近づくが、何がそんな音を立てているのかはわからない――見えないのだという。泡を食っているうちに音は隣を行き過ぎ、去っていくそうだ。
あるサラリーマンが深夜、からから坂を上っていた。終電になんとか飛び乗って最寄駅につけたものの、時刻はすでに十二時を過ぎていた。
坂の上に辿りつけば一戸建てや彼の住んでいるような単身者向けアパートがたくさん並んでいるが、坂の途中は空き地や作業場が多く、物寂しい。痴漢や強盗などの噂はないものの、つい急ぎ足になる雰囲気があった。
先月、人事異動でこの地方都市にある支社にやってきた彼にとっては、この坂は恐いというより不便の一言に尽きた。異動前は最寄駅から徒歩三分の場所に住んでいたのもあり、ひと月経った今もこの通勤路はまだ身体に馴染んでいない。バス便があることにはあるのだが、この時間になるとそれも終わっている。
残業中、結局食べずじまいで持ち帰った夜食の入った袋を下げて歩いて、ようやく坂の中腹までやってきた。
からからというよりだらだら坂だな――空腹と疲れで、ため息が出た。通勤用に電動自転車でも買おうかと、スマートフォンをポケットから取り出したときだった。
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