温羅

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温羅

私は鬼の大将だ。 鬼と言っても、実際のトコ図体のデカイ異人というに過ぎない。 鉄を伝えた異人たちが土着の民と交わり国を作った結果倭国と戦になった、というのがこの本の基本コンセプトだ。ありがちな話だが、悪くはないし、そこに少々刺激的な描写が加わるのは、伝奇物の定番だ。そう言う意味では刺激的な衣装や性的描写、残酷描写なんかが入るのは当然の帰結だと思う。 なので主人公サイドの紅一点がそういう演技を拒否してる以上、エロティックな面がこちらに期待されるのはしょうがない。鬼という役柄にはそういう舞台装置としての意味もあるしね。 とはいえ、いざ阿曽姫さんにそういったシーンがあるよとおっかなびっくり告げたとき、あそこまでノリノリだったのは面食らってしまった。正直、爪でガリーの牙でガブーの高島屋でガトーショコラパクーのといった展開ののち銀座の寿司で手打ちかなあ、と想像していたのだ。 それが回を追うごとに、祭服白衣緋袴千早、水引丈長髢垂れ髪、花簪に釵子天冠とさまざまなバリエーションで目眩く世界を展開されては、もはや手を引かれる幼子のようになすがままになるしかないではないか。最近では「旦那様は異国からの訪いなのですから、異国の法服などを召してもとくに不思議はございませんでしょう?法服と言わず、魅力的な衣装があればそれもまた…。冥土とか盆丁字とかいうのがあるとオルニンに聞きましたよ」などとしなだれかかられた。弟よ、我が妻にいったい何を吹き込んでおるのだ。でかした。いやでかしてない。読者への悪影響が心配である。大変心配である。私はいい。もう手遅れなので。 とまあ、吉備君のお膳立てというか酔狂というか、そんなこんなで夫婦仲は大変円満でよろしいのだが、元来この本のコンセプトでは鬼は本来普通の人びとで、むしろ平和的な吉備の里へ倭国が戦をけしかけるような話だったはずだ。それが今では、村は焼く、娘はさらう、生贄を使って鉄を鍛える、まるで旧態の鬼のような描写が増えてきた。私に至ってはあくまで鉄器の威力で優位に立つはずが、今や幻術妖術なんでもござれだ。 おそらく吉備君は読者が興味を示してくれるようにと試行錯誤しているのだろうが、若干暴走気味ではないだろうか。この本の根底をひっくり返すようなことがなければいいのだが。 大変、心配である。
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