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プロローグ
アスファルトに頬を打ちつけた。
倒れた頭の脇にはキャバクラの立て看板。口の中を切った。鉄の味がする。
頭がガンガンして何も考えられない。またデニムの男が近づいてくる。
(やばい)
予想通り、腹部を思い切り蹴り上げられた。内臓がそのまま出そうなほどの衝撃。エビのように丸く呻きながら頭を庇う。
一体何が起きたんだ。こんなことされる覚えなんてない。おそるおそる目を開けると野球帽にカーキのブルゾンが視界に入る。頭上で飛び交うのは、喉から痰を吐くような激しい言葉。日本語じゃない。
殺す気がないってのはわかる。歌舞伎町界隈でしのぎを削っている輩は、痛めつける加減を知っている。
ちょうど歌舞伎町一番街を東宝ビルに向かって歩いていたところだった。
一昔前とは違い、街には外国人観光客やスーツケースを転がす地方からの健全な観光客が目立っている。夜の街に変貌するには少し早い午後九時半。遠巻きのざわめきが耳に入るが、足を止める人は少ない。
再び視界が黒い影で覆われる。痛みの引いていない身体が強張り、反射的に目を瞑った。
仲間が一人来たのか。再び肩を蹴られ、蛍光LEDで縁取られた消費者金融の電光掲示板に頭をぶつける。
網膜に星が飛ぶ。軽い脳震盪のような。無情な見物人から小さな悲鳴が上がるが、距離を置かれているのがわかる。
一人が馬乗りになり、トレンチコートのポケットと漁り、鞄と財布を探し当てた。
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