43人が本棚に入れています
本棚に追加
親子は江の島に入ると,エスカーで頂上まで登り,ゆっくりと歩きながらお土産を観たり岩場に降りてカニを追いかけたりと満喫していた。
そして一通り観光を済ませた親子は,江の島の裏道にあたる「江の島市民の家」がある道を通って島を下っていった。
そのとき,心の底から親子の行動に感謝した。私が管理する漁師小屋は,まさにこの道から岩場に少し下ったところにあった。
ゆっくりと親子を追い越すと,視界に入らないところまで歩いてから漁師小屋まで一気に走り道具を持って戻り,すぐ近くにある脇道の茂みに隠れ親子が来るのを待った。
何度も呼吸を整え茂みの中で誰からの視界にも入らないように中腰になり,納得するまで道具を持ち替えて気持ちを落ち着かせた。
それは獲物を狩る前の野生動物のように,全身の神経を研ぎ澄ませている状態と同じだった。
草木が風に揺られる微かな音が耳の奥にまで届き,心臓が張り裂けそうなほど緊張しているのがわかった。
私はこの緊張感がたまらなく好きだった。
全身の力を抜きつつ息を殺し,極限まで気配を殺し,親子が現れるのを静かに,そして忍耐強く待った。
最初のコメントを投稿しよう!