人革装幀職人《にんぴそうていしょくにん》

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人革装幀職人《にんぴそうていしょくにん》

 JR北鎌倉駅からしばらく歩いたところに建長興国禅寺がある。一般的には鎌倉五山のひとつである「建長寺」で知られ,その歴史は古く一二五三年(建長五年)に創建されたと伝えられている。  私が建長寺を訪れたのは,十二月にもかかわらず春のような陽気で,日中は歩いているだけで汗ばむような日だった。  若い頃は都内の印刷会社に勤務していたのだが、出版不況の煽りを受けて早期退職の対象となり,僅かばかりの退職金をもらって実家がある神奈川県藤沢市に戻ってきた。  そして縁あって「江の島」の島内で小さな飲食店を経営するようになったのだが,たまの休みには鎌倉などのお寺や神社を歩いて周り御朱印を集めるのが趣味となった。  この日は鎌倉五山の御朱印が目当てで,朝から鎌倉を訪れていた。  建長寺の総門で入山料を支払い,三門をくぐり抜け仏殿に行くと,その入口付近に小さな人影が見えた。  すぐに保護者らしき大人の女性が横にいるのがわかり,邪魔をしないように通り過ぎた。私が彼らの横を通り過ぎようとしたとき,何気なく視線を下に向けると小さな男の子と目が合った。  その透き通った瞳に長い(まつげ),しなやかな眉にかかる髪の毛はまるで天使のような栗色で陶器のような白い肌を際立たせた。  ほんの一刹那(いっせつな)に私の心は完全に奪われてしまった。  これほどまでに美しく,これほどまでに愛らしい少年にいまだかつて出逢ったことがなかった。
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