さあ、おいで。

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 さっきから僕は、もう二時間も君を待っている。待ち合わせはしていないけれど、ここで待っていれば君が必ずくることはわかっているんだ。  一年前、駅で君を見かけてから僕はずっと君に恋をしている。  朝の通勤ラッシュ。  改札近くで小銭をばらまいてしまったお年寄りを、誰もが迷惑そうに避けて通る中、君だけは足をとめて小銭を拾うのを手伝ってあげていたね。  僕はそんな君に目を奪われて足をとめてしまったのだけれど、お年寄りが君に丁寧にお礼を言い、ゆっくりと改札を通っていったあとに、君は大慌てで改札を抜け猛ダッシュで階段をかけあがり、そして電車に乗り損ねた。君を見ていた僕も当然、乗り損ねたのだけれど。  それからは毎朝、僕は君を探すようになった。君はいつも長い髪をひとつに束ね、シンプルな服装をし、肩にビジネスバッグをかけている。電車の中で君が誰かに席を譲るのを僕は何度も目撃し、そのたびに心の中で拍手を贈っていたよ。  とびきりの美人というわけではなく、抜群にスタイルがいいわけでもない。どこにでもいる普通の女性だけれど、電車に乗り遅れてまで小銭を拾うのを手伝ってあげたり、当たり前のように席を譲れる人は、いそうでいない。  僕は、君のそんな優しさに惹かれたんだ。  一年もただ見ているだけなんて、危害を加えることのないストーカーのようで、僕はなんだか嫌になってしまったんだ。だから君が必ずくるであろう、この場所で、さっきからずっと待っている。
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