プロローグ

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「よし、なかなかの収穫だったな。帰るとするか」 男は不動産営業という日々追われるノルマの激務から一転し、給料はかなり下がったものの、その代わりに自分の時間を有意義に使う事が出来る仕事に転職した。 お陰で元々学生時代からの趣味である釣りを楽しむため、この日も車で2時間程走った所にある篠木岳に来る事ができた。 何度も足を運んでいるので主に釣れやすいスポットは熟知していた。 その一つである水幅が比較的狭い穏やかな小川に男は立っていたが、防水が全身に行き届いくようにと釣り師の間ではかなりメジャーな胴長を装備している為、膝上までどっぷり浸かっても全く濡れる事はなかった。 相棒である釣り竿の先から透明な糸を垂らすと、水面に反射した光の粒が垂らした糸を歓迎するようにまとわりついていた。 男は構わず水面に浮かぶウキに全神経を集中する。 いつ獲物がエサ目当てに食い付いてくるかわからないからだ。 獲物がエサに食い付き針によって自由を制限されるその時こそ、釣り師と獲物の真剣勝負が始まるのだ。 その勝負となる時を「今か今か」と待っている男の堂々たるは熟練のそれを伺わせた。 日が頂点まで登りきり、徐々に下降を始めてから1時間程経った頃、獲物用のエサは大分消費していた。 正午に昼休憩を挟み持って来た愛妻弁当を次々と口に運びお茶で流し込むと男は再び獲物との真剣勝負を始めたのだった。 計画としては夕方には家路に着けるように前以て練っていたので昼休憩再開から2時間経った頃には名残惜しむように「これが最後の勝負!」と自ら誓いを立て糸を垂らす。 そしてなんとも運が良いことに最後に釣り上げた魚は自己最記録には惜しくも及ばなかったが身がしっかりとした全長30センチ程のニジマスで、喜びを隠そうともせずニマニマしながら慣れた手つきで針を外すと大量の氷の入ったクーラーBOXにそれを入れた。 男は久々の大物を獲ったことで機嫌を良くし、鼻歌を唄いながら帰り支度を始めるのだった。 釣竿の入ったケースと本日の収穫である青いクーラーBOXを大事そうに肩に掛け、時々満面の笑みを浮かべながら自分の帰りを待ってる愛車の黒いワンボックスに足を向けた。 帰り道の途中には近道の為に小さな橋を渡る必要がある。 橋を途中まで渡った時、男は驚愕した。
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