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「まだいるのか、あれから何時間経ったと思ってるんだ…」
釣り師は行きの時と比べ相当重量の増えた青いクーラーBOXと釣竿を大事そうに両肩にかけ小さな橋の渡り切った所に佇む青年を見ながら呟いた。
青年は早朝にすれ違った時と全く同じ姿勢で今も尚小川をただ見つめていた。
「君、こんな所にいたら風邪を引くぞ、初夏と言ってもこれだけ川が近くにあれば気温が低いんだ、そんな軽装じゃ寒いだろ?」
男は青年の傍までいくと小川の音に書き消されない様に声を張った。
だがその介も虚しく青年は魂を何処かに置いて来たかのような姿勢を崩さなかった。
男は困り果てため息を付き腰に身につけた水筒を取り出すと、カップにお茶を注ぎ青年に差し出した。
水筒は保温性にとても優れていて今も50度はある為カップからは湯気が立ち込めている。
「ほら、これ飲んで身体を温めるんだ。」
差し出されたカップに青年の瞳がほんの僅かに動いたのが分かった。
釣り師は一先ず青年が生きている事実に安堵した。
だが直ぐに青年は小川に吸い込まれる様に目を反らす。
釣り師はかぶりを振ると腰に付けられている水筒を外し青年の元にそっと置いて立ち去った。
だが直ぐ考えを改め「ふぅやれやれ」、と言った風に釣り師はもう一度青年の元へ向かう、このままにしておくにはどうにも忍びない気持ちが先行したのだった。
今度は半ば強引に青年を車まで連れていこうと青年の手を掴んだ時だった。
トクン…
釣り師は何か分からないが青年の感情が自分に流れ込んで来たような錯覚に囚われ咄嗟に手を離した、青年はそんな行動に興味がないといった風である。
「な、なんなんだお前は…」額に汗を滲ませ釣り師は恐怖で少しづつ後退るとそのままバランスを崩し地面に尻をついた。
「あ…ぅ、なっ、なんだそれは」
そして次に見た映像は人にはあらずの姿だった。
「あなたは…アンリを知っていますか?」
微動だに動かなかった青年は身体を縛る見えない鎖を外し、ひきつって恐怖におののく男の傍までいくと見下す形で釣り師に言い放った。
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