8人が本棚に入れています
本棚に追加
その姿はこの世の悪魔と呼べるに等しい風貌であり、その瞳は瞳孔が開いているかのように光を失っている。
上下黒に纏われた衣も相まって闇の住人のそれを決定づけさせた。
「た、たすけてくれー!」
思わず叫んだ釣り師の言葉に青年は首をかしげ「そうじゃない…俺が知りたいのは…アンリのことだ…アンリは確かにいたんだ!」と、依然闇の住人と思わせるには十分荒んだ瞳と口元に苛立ちと悲嘆の色を見せながら呟く。
「あ、アンリって子の事なんか知らない!たすけてくれー!」
釣り師は助かりたい一心でヨダレを垂らしながらも懸命に叫び訴えた。
「なーんだ、あんたも知らないのか…あんたも………なんで、なんでだーーーーー!!」
青年の悲痛の叫びに同調した激しい突風に煽られ釣り師は思わず目を瞑ったが、釣竿とクーラーBOXだけは守ろうと無意識に身体を前のめりにして耐えている。
「ひ、ひーーっ!」
さっきまで穏やかだった小川も青年から流れてくる力の逃げ場を探すよう波打ちそれは次第に渦巻いていく。
橋はその力に何とか抗おうと試みるが老朽化している為ロープの何本かは耐えきれずブチブチと音を立て切れていった。
「うおぉぉぉぉぉぉ!」
闇の住人は嘆きの解放を止める事なく空に向かって叫び続ける。
「ひ、ひーたすけてくれー!死にたくないー !」益々荒れていく状況に死という文字が嫌でも脳裏に浮かび、釣り師は叫けばずにはいられなかった。
その時、荒れ狂う突風に突っ込む小さな影を釣り師は薄目で見るのだった。
間もなくして影と青年が交わった時、今にも崩れそうだった橋はその揺れを次第に小さくしていった。
また、先ほど数ヶ所で渦巻いていた小川も本来の穏やかな情景に戻っていく。
目を瞑り神にすがるように生を祈り続けていた釣り師は耳から伝わる情報を頼りに恐る恐る目を開いた。
そこには荒れ狂う突風に突っ込んでいったであろう小さな存在が闇の住人の暴走を優しく包み込んでいる姿があった。
「た、助かったのか…」
釣り師は安堵のため息をつくと、疲弊した身体を両手で漸く支えながら呟やく。
そして、周りをゆっくり見渡し状況を掴もうとするが結局先ほどの衝動に対し夢現の判別はできず、今更ながら緊張で保っていた身体をヘナヘナと地面にひれ伏しそのまま気を失った。
最初のコメントを投稿しよう!