待ちぼうけ

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 そんな俺の怒りもお構いなしに、先輩は喋り続けている。 「俺が神童だったのは知ってるな」 「何度も聞いてますね」  自称だけどな。 「そんな俺だから、割と幼い頃の記憶があるんだ」 「はあ。関係ありますかね?」 「あるんだよ、馬鹿だな」  また馬鹿って言った。いい加減にしろよ。 「あれは小学二年生の頃だ。夜中に目を覚ました俺は空間に穴を見たんだ。じっと見ていると、手が伸びてきた。起きて伸ばせば届く距離だ。俺は好奇心からそうしてみたんだ」 「どうなったんです?」 「分からん。記憶がここで途切れているんだ」  なんだそりゃ。 「翌朝目を覚ましたら、ちゃんと寝床にいたあたり、俺の上品さが伺えるという物だ」 「それはただの夢なのでは……」 「違う。あれは断じて夢などではない!!」  いや、断じて夢だろ。 「分からんか? 馬鹿だな。これだよ。今のこの状態こそ、あの日見た穴のこちら側なのだ」  なんか、この人が可哀想になってきた。 「まもなくバケツの底に、あの夜に繋がる穴が開くのだ」  何でその結論に達したのか、俺には全く理解できない。  腕が伸びてきたって言ってるわりには釣り糸垂らすし。 「はあ。まあ開いたとして。何するんです?」 「神童の座に胡坐をかいていると、どうなるかってのを教える。あの頃の俺は理解が早いから、きっとわかってくれるだろう」  今の自分が類稀なるポンコツだと言う事に気づいてはいるらしい。  世の中、自分が見えていない奴というのは多いから、比較的この人はマシなのかも。  まあ、必死さ加減は伝わって来た。 「あの頃の俺が努力すれば、おのずとその先の歴史も変わる。俺はただ待っているだけでサクセスストーリーに乗っかれるというわけだ。分かったか。分かったら、今のうちに媚を売っておけよ? 成功者となった俺に気に入られるためにな」 「……はあ」  どう返事しろと? バカバカしいにもほどがある。過去の自分を開眼させて、成功者へルート変更? そんな事できるならみんなやってるだろ。人生は一度きり。それを後悔なく生きるしか我々には手が無い。そんな事はみんなが知っている事だ。
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