乙女の悩み

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「はぁ……」 夜、白浪奇子は自室でため息をついた。 目の前には、“求婚奇譚”というタイトルの本が、まとめて置いてある。 この本は奇子の作品で、専門学校で総合1位を獲得した特典だ。 奇子の通う文学専門学校は、ひとつの課題を出し、ジャンル自由で書かせる。ジャンルごとに順位をつけると、次はそれぞれの1位の中から総合1位を決める。 総合1位になった作品は文庫本化され、1冊は生徒図書室に、10冊は本人に贈られる。 奇子も見事総合1位を獲得し、こうして文庫本を受け取ったのだが、ひとつだけ、問題があった……。 「流石にこれを海野さんに渡すのは……。でも、言っちゃったし、約束しちゃってたし……」 奇子はもう一度、大きなため息をついた。 海野というのは、奇子の行きつけの喫茶店、はぐるまのマスターだ。 すらりと背の高い40代の男性で、奇子が密かに想いを寄せている人でもある。 奇子は専門学校へ通い始めた頃、海野に「総合1位で文庫本になったら、1冊渡す」という約束をしていた。 総合1位になった日は、はぐるまに行って報告だってした。 「嬉しいんだけど、よりによってなんでこの作品で……」 彼女が書いたのは恋愛小説なのだが、登場人物のモデルが、海野と奇子自身なのだ。 モデルにしただけなら、奇子も気にしないで済んだのかもしれないが、ガサツ故に、似たような名前で書いてしまった。奇子が頭を抱えている最大の理由である。 「うーん……。誤魔化しようないし、渡すしかないよね……。どうか気づかれませんように!」 奇子はお参りの様に手を合わせて一礼すると、カバンの中に1冊だけ入れた。 翌日、奇子はいつも通り学校へ行くが、本を渡す事を考えると、そわそわしてしまって落ち着かない。 「ねぇ、白浪さん。本はもう、もらったんでしょ?」 席に座ると、女子生徒の亜利沙が声をかけてくる。彼女は奇子の総合1位が決まると、真っ先に予約をしていた。ちなみに奇子自身、了承の返事はしていない。
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