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「……あたし、社員の人がぜんぶ外回りに行った真夏日に、……その女をランチに誘ったのよ」
とピンクの胸リボンをいじり、ちょっと微笑み、ぼってりとした脛に蛇のような足を絡ませた。
「その人、パートだから鍵を貰っていなかったの。だからランチに誘いだして事務所の鍵を閉めたんです。で、食事が終わったあと、彼女をまいて向かい側のビルに隠れたの。二階の階段の踊り場から見ていると、彼女、炎天下で大きくなったお腹を抱えて、あたしを探して、きょろきょろ横断歩道の前に立ちんぼしてた。しばらくしたら事務所に戻っていったけれど、なかに入られないから、外でずっと待っていたわ。四十分間もね」
「えっ?」
夏目は薬を包む手を止めた。
アカネはその時を思い返したのか、雨混じりの日差しをぼんやりみあげた。
「道ばたで死にそうな顔をしてたわ。……その日の夜に、入院したそうよ」
淡々と言って、茶を啜る。
「……」
夏目が黙って彼女を見ていると、注目を浴びた猫のように身をしゃんとさせた。
「あたしがどうしてこんな話をするか、不思議に思うわよね? つい、あんなことをしてしまうくらいに何故かイライラして、ストレスを感じていたの。あたし、きっと知らず知らずのうちに、おかしくなってしまっているのよね。でも、この体調不良も、お薬を飲んでいればよくなると思うの。ねえ、そうですよね?」
夏目は黙った。
相手はしゅんとして告げる。
「ごめんなさい、くだらないことばかり」
そして、ちょっとしなをつくり、はにかみながら、
「──で、あなた、独身ですか?」
と、聞いた。
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