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とうつむきつつ、夏目を、ちら、ちら、ちらと窺った。
「……」
夏目は黙って白衣のポケットから煙草を取り出して、パンダの絵の描かれたライターで火を点けた。
燻らせながら鍵を取って、
「ここは、もう閉店なんですよ」
と言って、ガラスのサッシ戸を開け、外へ出るよう促した。
女は夏目の不遜な態度に眼を丸める。額に険しい辱(にく)色の紋を刻み、小さな失望を滲ませて、
「はあい、わかりました」
と、仏頂面で退散していった。
夏目はもう一本の煙草を吸ったあと、店外に出て、怪訝な顔でエメラルド色の空を見あげた。
「幽、霊」
携帯電話には、漢方屋の店主からショートメッセージが届いている。
"すまない。田頭さんは帰ったかい。どうにも苦手でねえ"
夏目は指を動かし、店主に、もう帰りました、とメールを送った。
煙草を吹かしていると目の端になにかうつった。特徴的な模様が高炉セメントの上に留まっている。
ルリ色のカミキリムシだった。
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