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しかし女はそれ以上、こちらに顔を向けない。
緑色のほろほろと崩れた土壁に何か刺さっていた。
「藁人形に五寸釘」
なんだあれは……、と声を震わせた。
標(しるべ)のような背を丸め、白衣を翻してそこから逃げる。
なんとなく、あれは"幽霊"だと気づく。
なめされた瑪瑙色のアパートに戻り、ふとんに大の字になって頭を掻き毟る。夜が更けても、朝が来ても、その女のことが、頭から離れなかった。
──昼間になり部屋からようやく這い出て、横丁の和菓子屋でとろとろの生わらび餅を買った。軽自動車の中で、煙草を吸っては蜜と餅、という具合に交互に味わう。すると夏目の中で、しだいに血迷った恋情が落ち着いていった。
ダッシュボードから新しい往復葉書をとってペンを走らせる。
「殺された子は、幽霊として、いま生きているのでしょうか?」
宛名には「虫へ」、と記す。
そしてまたじんわりと湿った心中屋敷のある町まで出かけ、倒れた青ポストに投函した。
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