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音楽が鳴った。白ソックスを履き、紺色の事務服に身を包んだ女が舞台に現れた。
事務員女はくちを歪めて告げる。
『……彼にまとわりつく女はゆるさない。うぬれ妊婦のくせに図々しい。そうだ、この真夏日に外へ追い出して、鍵をしめてやる』
セットのガラス戸の鍵をしめると、向こう側で妊婦姿のシルエットが戸を叩いた。すぐあと、蝉の鳴き声がじんじん響く。
『開けて、お願い……、暑い…… お腹に赤ちゃんがいるのよ……』
だが事務員女は首をふる。
『あなたがいけないのよ。この世界でゆるされるのは彼のあたしへの愛だけ。あとは正しくても役に立つとしても、すべて過ち。あなたには、ここから消えてほしいの』
と、女が顔を険しくさせると、妊婦姿のシルエットは、ばたり、と床に横たわった。
やがて夜明けのように照明が増強した。
夏目は光がそこを向いたので、舞台の袖に目を向けた。
ダックテイル風のきっちり梳かした髪と、ボールドルックを着た端整な顔立ちの男が現れた。
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