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彼は舞台の真ん中まであるき、両手を広げて叫んだ。
『君との結婚? 何を勘違いしているんだ。それにその妊婦さんは、ただの仕事仲間なんだ。いいかい。君のしていることは殺人未遂じゃないか。ああ、ゆるせない。僕はここでこうして君の罪を曝くことにしたよ! おろかものは世界の牙に喰いちぎられ、裁かれるといい。兎に角なんども言っているが、つきまとわないでくれ。僕にはもう愛する人が、──居るのだから……』
と自由機長のように、客席に真っ直ぐ腕を伸ばした。
フォロースポットが観客側に向けられた。
「あれは」
照らされたのは、一番前の席に座っていたあの女だった。白っぽく姿形が光っている。
うしろでひとつに束ねた黒髪、首から背中のエキゾチックなカーブ。素焼き色の肌。
女は少しこちらに顔を向けた。……いくつもの水滴をのせる、そりかえった繊細な睫毛が見えた。
夏目は寒気すら覚えた。
川堂は言った。
『知らなかったんだ、君という世界があることを。──ほんとうに、好きなんだ』
女は動かない。
『君が男を必要としていないのはわかっている。いつか君は言ってた。人間とは違って、幽霊は一熟(いちじく)のように、ひとりで熟して子を宿すって。でも僕が言いたいのは愛のことだ。魂のことだよ』
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