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──女は、夏目を見詰めつづける。
夏目の頭のなかでカーヴミラーの言葉が、反響した。
”──お前は”
”開いてはいけない世界を”
”開き──”
「うっ!」
もう呑み込まれる気がした。強い畏れに似ていた。しかしそれがほんとうの恐怖なのか、もっと違う特別な何かであるのかは、夏目にはとても判別できなかった。
──だから彼はただ目を伏せた。
しかし、相手は”幽霊”だから容赦がない。
立ちあがって夏目のいるほうまでト音記号風の足取りで歩いてきた。そしてその肉体のそばで、まさに脈拍さえとくとく云わせながら、足を止め、椅子に指をかけてじっと見あげた。
夏目は、どきまぎと小柄な女を見下ろす。
「……!」
と感動すらする。なるほど確かに少々気配が暗くて、額などが淀んでいたが、その虚ろな目が何かひと癖あって、瞳の奥まった場所に高貴で直情的な感情が滾っていた。
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