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妖精のようにひらひらとはしの上がったくちびるは綺麗に精巧で、妖しく色変わりしている。
夏目がうろたえていると、女は首をかしげて、湖の桟橋色のじぶんの腕をつかんだ。
──その時、アカネがずらり並んだ赤シートの向こうから、こちらへ歩いてきた。足取りを湾曲させ、頭上には黒渦巻きを周回させている。
目も据わっている。
警戒したとき、舞台から川堂が女を呼んだ。
「ねえ君、何をしているんだい。早く、こっちだよ。ここだ。……舞台に来ておくれよ」
川堂の女への懇願を訊いたアカネは、ついに気配を殺気立たせた。
情愛を寄せる男が、自分ではない女を呼び、ねっとりと憂いを含めた眼球で見つめているのだ。
アカネの気配が残渣油(タール)のように黒く染まってゆく。スカートのポケットに手をそっと入れる。
そして、
「ぎゅう」
という足音で、幽霊女の後ろに立った。
この時夏目は、人間の感情こそが、幽霊よりもはるかに怖いという真実を感得した。
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