53人が本棚に入れています
本棚に追加
/193ページ
夏目は、思わず幽霊女の腕を引き寄せようと、手をのばす。
するとアカネは目をつり上げて、微笑みをばらまき、ちからを弛ませた。
どういうわけか不穏な隈取りが瞬時に消えて、あのふわふわとした表情に戻っていった。
夏目にかるく会釈をし、幽霊女のほうにもわらいかけ、彼女の肩を軽くこづくようにした。
そしてあちらへ歩いていった。
「……」
夏目がほっと脱力していると、アカネは前の席に腰掛け、おとなしく川堂たちの舞台を見あげていた。しかし彼らがアカネに抗議をするように、意地で演技を中止していたので、腹を立てるように立ちあがって外へ出ていった。
──川堂は、飄々とたたずむその幽霊女に云った。
「君、本番ではちゃんとこっちへ来ておくれよね。お願いだからね。──そうじゃないと僕たちの劇がね……」
うなずいたのかうなずいていないのか。彼女はれっきとした幽霊らしく、感情の感触を匂わせないことで返答の変わりにする。
そしてひんやりと体温を消して、そこから離れた。
最初のコメントを投稿しよう!