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夏目はたじろいだ。女は小刃が刺さったそのまんまで外へゆく。
眩しく目を細めるようにしながら、夏目は後を追いかけた。
女は文楽堂の小さな建屋前の皺皺道(しわしわみち)を、皺皺(しわしわ)のズボン姿で歩いてゆく。
夏目はトリニトロンテレビを観ていた時の、彼女の美しいうしろ姿を思い出した。なにもかも、瞬時に吸いこむ珪藻土(ダイアトマイト)色の気配。あの吸いこんでゆくような気配。
「待ってください」
咄嗟に腕を伸ばす。透明純粋の”衝動”にて。理由も理屈もなかった。
いっぽうで女は車の往来がある小路地に向かって躊躇いもなく出てゆく。いちど死んだからまあ別にちょっとくらい、と、飄々として。
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